気楽に生きる!この生き方でどれだけ自由に生きられるか、人々に自分の夢と希望と可能性に気づいてもらえるか。ソーストレーナー&コーチのかおマンが日々皆様の波動が昇る為の気づきを与えています!
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私のおすすめ情報 ★ペンション楡の家in戸隠★
最近、超パワースポットとしても有名な長野県戸隠にたたずむ静かなペンション「楡の家」
飯綱山へは徒歩で登山口まで行け、山麓に広がる落葉松と白樺に囲まれた林の中の静かな宿です。標高千百メートルの当地は空気の美味しさが半端じゃありません。
春は山菜、秋夏は避暑地で登山やキノコ狩り、冬はスキーに最高!
陽気な楡の家オーナー(写真右)の出す食事もボリューム満点!なのに宿泊費も安くてコストパフォーマンスは最高なんです♪
私のお薦め、お気入りの宿です(^v^) 皆さんも是非ご利用下さい。

→→宿泊興味のある方はコチラへ♪
→→オーナー=二日酔いのスズメバチさんのブログ


急募!!<<パン屋さんを開業したい方にお知らせします>>

現在営業中のお店が3月31日で空きます。
営業に必要な機械器具類全て揃って居りますので、パン焼きの技術さえ持って居られる方なら即営業できます。
場所は青梅線河辺南口駅前。 家賃15万礼金15万敷金15万です。
ご興味のある方、詳しくは下記のペンション「楡の家」オーナーまでお気軽にお問い合せ下さい(^v^)ノ
 →→(TEL)026−254−2468 (留守電時、折り返します)

昨日は自宅待機命令が出されたので、外も暑いし、自宅でのんびり映画を堪能しました。

そしてみたのが↓


ラブストーリーですね。私はアメリカ漬けのラブストーリーよりも、何か英国が絡んだラブストーリーの作品が好きなんです。

軽いラブストーリーですが、1876年から現代のNYに迷い来た紳士…と時代を超えた展開になっています。
内容に関しては省きますが、その中での会話で色々気づいた事がありました。

メグ・ライアン演じるヒロインのケイトはキャリアウーマンで、本当は会社で働くのはもう嫌と思っています。

ヒュー・ジャックマン演じる紳士の主人公レオポルドが、ケイトに、広告のCM制作でまずい物でも美味しいと嘘をついてまで売ろうとする会社のやり方に憤慨する場面があるのですが、
ケイトも嘘とわかっていても、仕事だから黙って売らなければ、食べていけないから。と説得します。
レオポルドは、だから働くのが嫌になるんだ。という様な事を言います。

日本もそうですね。
臭い物には蓋をする、ではないですが、まさしく目をつむって生活する。
「そうしなきゃ食べて行けない」は現代の常套句ですよね。
事実と違うのは当たり前。本気で信じるのがおかしい。が常識となった現代社会。
利便性は発達したけれど、多大な嘘で自分の気持ちも分からなくなってしまった人が多くなったのはとても悲しいですね。


それともう一つ、ケイトの弟が好きな女性をいつも物にできない。
それを見かねてレオポルドが、
君はどんな会話をしても道化師になる。素直に女性に自分の気持ちを茶化せず伝えればいい。
という様な事を言います。(話のニュアンスだけ抜粋)
そして、好きな女性に正直な気持ちを恐れず伝え、照れずにキチンとした格好で会いに行き成功していきます。

嘘で塗り固められた社会に慣れると、道化師が増えていくんですね。
特に恋愛で。傷つく事を恐れているのもそうですが、嘘→道化師となって人に接する様に、知らず知らずなっていくのは恐ろしいです。

クサいセリフでも、正直に心から気持ちを伝えたり、無防備に接して貰えると女性は心を開きます。相手がランクアップするのです
出会いがないとか、いい人がいないという人は、まず自分が道化師として異性に接していないか振り返ってみませんか?心が紳士な人には人を引き付ける魅力があります

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私は昔から細かい作業をするのが大好きです

その大好きな作業の一つがアクセサリー作り
でも殆どがピアスです。
なぜかというと、ブレスレットやネックレスより細かい細工ができるからです。
そして、デザインは作りながら直感で足したり引いたりその場で完成させます

久しぶりに沢山創ってみました










ものぐさな私は写真を撮った後が面倒臭くて、いつも完成後から巷に出るまで時間がかかります。
この写真は作品のほんの一部ですが、自分の創造物を客観的に見るのはとても楽しいものです

作品に興味がありましたら、メールフォームで気軽にお問い合わせ下さい。この夏からはトンボ玉も始めてみようかと思っています。
アクセサリーに限らず、美しいモノを創ったり見たりするのは、自分自身の心の保養にもなりますネ

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先日、自給自足で生活をしている人たちのテレビを見てました。

都会で暮らす会社で働く人と比べ、みんな人間的にとてもしっかりしている目をしていました。
会社で働く人も厳しい(ヘタするとクール)な目をしてますが、
自給自足で暮らす人の目は、相手を見守る愛情深い強い目をしています。

愛情を持った本当の強さを持っているんだなぁと感じました。

そこで若い人妻の人にインタビューをしていたのですが、彼女はこんな事を口にしていました(内容は多少砕いています)

どうしてこういう暮らしを選んだんですか?

私、就職はしたくなかったんです。なんというか…自分の人生の時間をただ会社でお金に換えたくなかったんですよねぇ。


そう答えながら、自然と共にしっかり子育てをしている彼女。
凄いなぁと思いました。

多くの人が生活の為や、そうなるのが普通だからという理由で、会社勤めをしています。
しかも意識下では嫌々。だってもし宝くじかなんかで何億円も手に入ったら、殆どの人が今いる会社を辞めるでしょう?

だけど、そういう風には生きなくても、生活をしていける人が日本にいる。
何もかも自分でやって生活している。自分の人生の時間の大切さを知っている。お金を労働力の対価としない人がいる。

嫌々やる事に自分の人生の時間を捧ぐ事がどんなに、自分を裏切っている事かを知っている。

しかも彼女達はそいういう事に悩まずただ自分に正直に生きている。

自分に正直に生きていける事が本当の幸せなのかなと思いました。

会社で自分の1日の時間の殆どを使い果たして疲れ切って生きて貰える労働力の対価=お金。 たとえ、沢山もらっても不足感を感じカウンセラーに通ったり。何かを購入し、幸せを感じるのも一時。

奥底からの幸せを持続できないのは、やはり自分に正直に生きていないからではないだろうか?


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今日、1年間ほったらかしにしていた熱帯魚用の水槽を復活させました。

魚がいなくなって、その後真夏に突入し温度の事もあり、段々面倒くさくなって放っておいたら、学校の理科室の水槽のように…ではなく、水が蒸発しすぎて約5センチ位の水位に…

ん〜女性とは思えない位の放置っぷり。。。

衣替えをしたついでに、風水的なものも考えると、このまま揃えた水槽を放っておくのも勿体ないので、復活トライ!
これから段々暑くなり、水温も上がってしまうので魚を入れるかどうかは未定ですが、とりあえず水を安定させています。

水を満タンにして驚いた事。

■自分でも忘れていたマリモが倍になっていた。
■水位5センチなのに小さいタニシが生き続けていた!

自然は強いですね〜

そうして水槽を無事復活してポンプが回る水の泡と流れを眺めていたら、私のバイブル、方丈記!の一節を思い出しました。因みにこれは人生の中でこの言葉ほど現代に生き続ける法則だと思ってやみません。ご紹介

ゆく河の流れは絶えずして、しかももとの水にあらず。淀みに浮ぶうたかたは、かつ消え、かつ結びて、久しくとどまりたる例(ためし)なし。世の中にある人と、栖(すみか)とまたかくのごとし。
 
 たましきの都のうちに、棟を並べ、甍(いらか)を争へる、高き、いやしき、人の住ひは、世々を経て尽きせぬものなれど、これをまことかと尋ねれば、昔ありし家は稀(まれ)なり。或は去年(こぞ)焼けて、今年作れり。或は大家(おほいへ)亡びて小家(こいへ)となる。住む人もこれに同じ。所も変らず、人も多かれど、いにしへ見し人は、二三十人が中(うち)に、わづかにひとりふたりなり。朝(あした)に死に、夕(ゆふべ)に生るるならひ、ただ水の泡にぞ似たりける。
 
 知らず、生れ死ぬる人、何方(いずかた)より来たりて、何方へか去る。また知らず、仮の宿り、誰(た)が為にか心を悩まし、何によりてか目を喜ばしむる。その主と栖と、無常を争ふさま、いはばあさがほの露に異ならず。或は露落ちて花残れり。残るといへども朝日に枯れぬ。或は花しぼみて露なほ消えず。消えずといへども夕を待つ事なし。



(訳) ゆく川の流れは絶えることがなく、しかもその水は前に見たもとの水ではない。淀みに浮かぶ泡は、一方で消えたかと思うと一方で浮かび出て、いつまでも同じ形でいる例はない。世の中に存在する人と、その住みかもまた同じだ。
 
 玉を敷きつめたような都の中で、棟を並べ、屋根の高さを競っている、身分の高い人や低い人の住まいは、時代を経てもなくならないもののようだが、これはほんとうかと調べてみると、昔からあったままの家はむしろ稀だ。あるものは去年焼けて今年作ったものだ。またあるものは大きな家が衰えて、小さな家となっている。住む人もこれと同じだ。場所も変らず住む人も多いけれど、昔会った人は、二、三十人の中にわずかに一人か二人だ。朝にどこかでだれかが死ぬかと思えば、夕方にはどこかでだれかが生まれるというこの世のすがたは、ちょうど水の泡とよく似ている。
 
 私にはわからない、いったい生まれ、死ぬ人は、どこからこの世に来て、どこへ去っていくのか。またわからないのが、一時の仮の宿に過ぎない家を、だれのために苦労して造り、何のために目先を楽しませて飾るのか。その主人と住まいとが、無常の運命を争っているかのように滅びていくさまは、いわば朝顔の花と、その花につく露との関係と変わらない。あるときは露が落ちてしまっても花は咲き残る。残るといっても朝日のころには枯れてしまう。あるときは花が先にしぼんで露はなお消えないでいる。消えないといっても夕方を待つことはない。

                    「方丈記」〜ゆく河の流れ〜より

これを毎晩毎晩読んでいると、だんだん欲が収ってきます。
そして如何に自分の欲が世間に洗脳されているかに気づいてきませんか?

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「世の中あくせくしてるけど、こうやってのんびり仕事するのが一番だよ。」
今日NHKでチェンマイの人々をうつしてた。

私もお金の為にあくせくして働くより、のんびり歌やダンスを口ずさみながら生活しているのが好きです。

そんな事誰だって望んでいるよ!と怒られそうですが、あくせくしている事を選んでいるのは自分なんですよね。

その方がメリット(金・名誉)があるから。
周りからそうしなければいけないと教えられたから。
etc・・・

実際にそうやってのんびり生活しながら家庭を持っている人に何人も出会いました。
価値観を変えれば可能なんですね。

私は周りからこうした方が良いからという理由で
あくせくするのはまっぴらごめんです。

今の日本では生きずらい方を選んでいるけれども、
やっぱりメリット(損得)の為にあくせくするのはできません。

自分にも他人にも正直で余裕を持って思いやりたいし、
良い笑顔や表情をなくしたくないし、
感情や考えを感じない様に封印しながら生活するなんてゾッとします。

自給自足などをしていれば毎日がとても忙しいと思うけれど、
あくせくとは違う気がする。
あくせくして働くって、何だか焦ってるという感じがします。

一度焦り出したら止まらないし、
とりとめがないとはこういう状態なのかも。

自然は厳しいけど、焦ってはいない。
変化があったら適応する為にただ「適応する」。

自然は厳しいけど、他人には強制しない。
だから自然にいるとリラックスする。

だけど人間は自分に対して厳しく、〜ならねばいけない生き方を選んでいると、他人にも厳しくなるし、なんだか怖くて近づけない。

ホームレスを怖がるのは、自分が絶対そうはなりたくない状況をまじまじと現実に見てしまうから。避けたいらしい。

そうはならないようにあくせく働く。

いつまでだろう。

貯金を殖やす為に株をやって、大損してまた巻き返す為に、あくせくあくせくし出して。

自分で選んだ事は、当然やめるまでエンドレス。

本当はそんな事したくないんだよーって正直に吐露したら、そこから何かに気づくかも。

いつだってほほえみのかおマンでいたい。

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