私は必要なものをできるだけ少なくし、余計なものを持たないようにしてきました。気が向いたときだけ働いて、多少のお金を手に入れ、本当に必要なものだけを買います。
おかげで、じっくりと考える時間やいろんなことを学ぶ時間、そして多くの人に会う時間が持てました。
お金は本来「人に喜びを与えるものである」のですから、そうした使い方、儲け方をしなければ続かないのです。
今の日本人のお金の儲け方や、貯め方は、間違っているように思えました。
お金という価値だけで物事を判断していることが、あまりにも多いからです。
「喜びを与えるものにこそ物事の価値が存在する」のです。
『私のもの』と『だれかのもの』とを線びきすることに何の意味もないからです。
すべてのもの母なる地球から与えられたものです。それを『私のもの』と独り占めする必要がどこにあるのでしょう。ここからここまでが『私の土地』だと言い張っても誰が認めるのでしょうか。
白人たちは、契約書があるとか証拠があるとかいいます。でも、契約書などただの紙きれに過ぎません。そんな紙きれは何の役にも立ちません。
私たちの住む土地は地球からの借り物です。それをだれがどれだけ持っているとか、自分の土地だからと自由に掘り出したり、焼き払ったりする権利などないのです。
この広大な大地は私たちみんなのものであると同時にバッファローのものでもあり、ウサギやシカのものでもあるのです。
もしも本当に『私の土地』だといいたいなら、そこに住むすべての生き物に、もちろん虫や微生物やそこを流れる川にさえも、ちゃんと了解を得るべきです。
西洋的な社会の契約にもとづく価値観に染まった私たちは、今まで何の疑いもなく「多くを所有することはいいことだ」と信じてきました。
私たちは、ひとつでも多くの「(私の)もの」を増やすことばかりを考え、そのために働いています。
彼はほんとうに必要なものだけあればいいと考えています。
彼らの家は、普段はトレーラーハウスです。いつでも簡単に移動でき、どこにでも好きなところへ行くことができます。もちろん、土地を買う必要などまったくありません。
そんな暮らしをしている鷹が羨ましくさえ思えてきました。土地の高い日本で、家を買って何十年もローンを払い続けたりするのは、ほんとうにばかばかしいことのように思えてきました。
鷹のいうとおり、家は買って自分のものにするよりも、必要な期間だけ借りればいいのです。
私たちは多くの物質的な要求を満たす目的のために、必死でお金を貯め、一生懸命働いています。それが、実はとても、むなしいということだとうすうす気づきながら…。
どんなに立派な豪邸も、3ナンバーの自動車も高級な陶器のお皿も、天災でも起これば、それは一瞬にして壊れ、なくなってしまいます。土地の契約書や証書があっても、もしも社会のルールががらりと変われば、それは何の役にもたたないただの紙切れなのです。
「この大地は地球のものです。私たちは束の間のあいだ、地球から借りているだけなのです。
もしも子供たちに財産や、土地を残したいと考えていたとしても、それは子供たちがほんとうに望むものではないのです。
そんなものに執着するよりも、この美しい母なる地球を残すことの方が大事なことだということに気づいてください。それが、おそらく私たちの未来の子供たちへの最大の贈り物なのです」
私は、今日の中国の大地震のニュースを見たとき、所有する物は一瞬にして地に帰る。それはほんの紙一重なのだと感じました。
できるなら地震は怖いし起きて欲しくないですが、常に私達に価値観の変容と本当の価値を思い出させてくれるメッセージだと思います。
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これを抜け出すにはチエロキーインデアンのような考えがよいようです。
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